居合ということは、太刀を抜くことと心得たる人多し。たしなまざる至極なり。抜かぬ前の平常、と相対するを居合と云うなり。
(全日本剣道連盟居合道大会パンフレットより)

日本の武道のひとつである“居合道”。この居合道を老若男女を問わず多くの人が自分を高めることができることを目指し、新潟で指導されている大津 憲養さんにお話を伺いました。また大津先生は日本刀の刀剣研磨師としてもその技と伝統を守られています。

刀剣研磨師 居合 大津憲養

【大津憲養さんプロフィール】

昭和28年2月13日新潟県生まれ。 御刀剣研師。鉄砲刀剣類登録審査員助手。新潟県剣道連盟居合道部会副会長。居合道部会理事新潟支部長。

小学校5年生の時、父、兄より指導を受け、居合を始める。18歳の時、父に師事し、研ぎを始める。 父、兄亡きあと、範士八段松峯達男先生に師事し、平成19年5月、居合道八段に合格し、以後、後進の指導に励む。

 刀剣研磨師 居合 大津憲養

抜かずして勝つ

-まずはじめに、初めての方に向けて居合道とはどのようなものなのかお聞かせください。

居合道というのは、戦国時代の武術家、林崎甚助重信公(はやしざきじんすけしげのぶこう)を祖とした武術・抜刀術を武道としたものです。わたしたちは、「泰山は土壌を譲らず(たいざんはどじょうをゆずらず)」の言葉を集まりの礎として、老若男女を問わず多くの人が自分を高めることができる居合道を目指して活動しています。

制定居合といわれる全日本剣道連盟制定居合道と、古流である夢想神伝流居合道(むそうしんでんりゅういあいどう)を正しく伝えるための活動をしています。

【解説】

制定居合・・・全日本剣道連盟居合は、1969年(昭和44年)に全日本剣道連盟が制定した居合道の形。 剣道人のための居合道入門用の形として、居合道各流派の基本的な業や動作を総合して制定された。 全剣連居合、制定居合とも呼ばれる。 対して各流派の形は古流と呼ばれる。

昔は流派がいっぱいありました。昔はひとを斬るため、、、斬らないと自分がやられてしまうので、そのためにはどういう風にしたらいいかを考えながら生き残ってきたわけです。

 

-泰山は土壌を譲らずとは?

「泰山は土壌を譲らず」の泰山というのは中国の名山で高く大きな山の代表として使われています。

泰山はどんな土くれでも、受け入れて、あのように崇高に高くそびえ立っている事から、大人物という者は、どのような人々の意見にも耳を貸し、良いことは積極的に取り入れていくものだという例えに引用されています。

新しく始められる方々や、すでに長年稽古を積んできた方々が同じ場所で,それぞれの「泰山」となって居合道を通じお互いに己を磨いていくことができればと思っています。そのつながりにより泰山はより大きくなると思っています。

刀剣研磨師 居合 大津憲養

-現代の居合道で大切な理念とはどのようなものですか?

居合とは、『抜かずして勝つ』ことを大切にしています。人と争うことなく、和を持って尊しと為す、傷つけなくて別れようというのが教えですね。

 

-今回、居合のお稽古を見学させていただきましたが、相手がいることを仮定しての動きですね?

技ですね。「礼法」(礼の作法)から始まって、すべて技が決まっています。「抜付(ぬきつけ)」、「鞘引き(さやびき)」など。基準が全部決まっていて、相手がいると仮定して斬ります。

試合では、二人で赤白のコートに入って、そこに3人の審査員の先生がいまして、“刀の刃筋がきれいに整っているか”とか、“体勢がぶれないか”など、そういうのものを判断して旗をあげて3人のジャッジで決めるんです。

 

-沈黙の中で、足が床を擦る音、刀を抜く音、振り下ろす音だけが響いていました。

「静と動」というか・・・めりはりのある動きがとても緊張感がありました。

「緩急」ですね。要するに動きは前後左右と言いますが、基本的には前と後ろの敵が基本の技です。

それから、「残心」です。そこに心を残すということ。相手を倒した、倒したんだけれども居合は一対一だけれど、本来だったら、まだほかにも敵がいるかもしれないですよね?

心を残してまたつぎの心構えをしなければならない。そこで安心したらだめ。

最終的に刀を収めるまでは残心して、いつでも立ち向かう心でいないと、だめということを伝えています。

 刀剣研磨師 居合 大津憲養

-居合のお弟子さんが使っている刀は真剣ですか?

お弟子さんが使っているものは模造刀ですね。3段か4段くらいまでは模造刀でやって、それ以上になったら5段からは真剣です。それは決まってますから。試合に出るときも5段以上になって模造刀をつかっているのがわかると失格になります。私たちの習った頃は最初から真剣を使っていましたが。

 

-けがすることもありますよね?

けがは一度や二度はしてますね。ただ、おもちゃだと気持ちがはいらないね。本当は最初から切れるものを使ってやれば、自分自身気を付けてやるし、気持ちの入り方が違いますね。

 

-新潟では何人くらいお弟子さんがいらっしゃるのですか?

新潟支部では、90人くらい。外国人もいますよ。香港とマカオと、カナダにも生徒がいます。

 

-その方たちはどうされているんですか?

わたしが、毎年、年に二回くらい行って教えています。会員はカナダとロシアにも一人ずついますね。ロシアは行ったことがないんだけれども(笑)

マカオとか香港とかカナダのお弟子さんはみなもともと武道をやっていますね。空手とか。

それも習っている先生は日本人ですね。

武道の心は、空手であろうが柔道であろうが、思いは同じ。形がちがうだけです。

 

-お弟子さんたちは主にどのようなきっかけで習いにこられるのでしょうか?

刀に興味がある、刀に触れてみたいという感じではいってくる人もいますね。

でも、愛刀家は少ないね。剣道やっている人でも居合をやっている人でも刀を好きで集めているコレクターは少ないですね。どういうわけか。

刀剣研磨師 居合 大津憲養

刀をいかに引き出すかが研師の役目

―刀についてお話が出たので、先生のもうひとつのお仕事、「研師」についてもお聞きしたいのですが。研師になられたきっかけは?

私はもともと父親が新潟で居合を教えていた人だったから、うちにいるもんだからどうしても逃げるわけにもいかないし(笑)。兄貴と一緒に三人でね。兄弟多かったけど、兄貴と私が父を受け継いで。研ぎもそうです。

 

-日本刀の制作は分業制だとききますが

日本刀は、7人くらいの分業でやっていくんです。

最低でも、刀が必要ですよね、「刀匠」。それから、わたしのような「研師」「白銀師」。白銀師は、「鎺(はばき)」を作ります。この「鎺」が大事。これがないと鞘が作れません。そして、鎺が刀の土台ですね。それから「柄巻師」、「鐔師」、「鞘師」。鯉口にあわせて鞘の中に空間をつくりどこにもあたらないようにするのが鞘師の力の見せどころです。それから「塗師」。みなそれぞれの専門家がいるのです。

【解説】

刀匠・・・とうしょう。刀身をつくる。

白銀師・・・しろがねし。鞘を作るためには要となる「鎺(はばき)」を作る。

柄巻師・・・つかまきし。柄の補強としての機能性とひし形の美しさを併せ持つ柄巻を仕上げる。

鐔師・・・つばし。柄を握る手を防御するもの、柄と刀身の間に差し込まれる鐔を作る。

鞘師・・・さやし。刀を収納する鞘。鯉口(こいぐち:鞘の口)にあわせて緻密に計算された空間を作り出す。

塗師・・・ぬりし。鞘を丈夫に美しく仕上げるために薄い層を何度も塗る。

 

-新潟にもすべての職人さんがいらっしゃるのでしょうか?

すべていますね。研師も新発田にもうひとりいます。

 

-研磨の仕事はどんなところからの依頼が多いのですか?

個人の収集家もあるけれど、若い時は業者、刀屋さんからもきましたね。でも今は不景気だから。今は愛刀家ですね。

一回研げば50年もちますからね。でも、打粉を使って手入れをしていると白けてきて、ぼわーんとしてくるんですね。打粉には研磨力があるから。だんだん薄れてきてぼけるんです。それを仕上げなおしっていうのもやりますね。すぐ錆びさせるひともいますよ。

おしゃべりしてつばが飛んだりすると錆びる。

【解説】

打粉・・・うちこ。砥石を粉にして綿や絹などでくるんだもの。

 

-刀剣研磨の魅力はどんなところでしょうか?

結局のところ残るのは刀ですよ。研ぎは本当に影の力。私が研いでもある人が違うところにもっていって研いだら私の研いだものはなくなるでしょう?

研師は縁の下の力持ちですよ。残るのは刀ですからね。研師とか鎺とか鞘とか、残らない。誰が研いだかなんて誰もわからない。

でも、研ぎが一番大事なのです。

刀匠が打った刀をいかに引き出させるかを、刀剣研師がいろんな試行錯誤をして、研究してよりよく出す。それがやっぱり研師の腕であり、もともとそういう刀にできあがっているんだけれども、やっぱり、肌をいかに引き出してやるかってことは研師の役目ですね。最初研いだ人は天才でしょうね。こんな難しいことをね(笑)

刀ってのはデリケートです。私たちは、刀は女性だといっています。それを、私たちが美しくしてやる。

いい刀はよっぽど下手な研師でなければそれなりにできあがる。悪い刀は一生懸命丁寧に研いでもよくならない。名刀はひとりでによくなる。だからこっちも楽に研げるしね。

 

-研磨の手順について教えてください。

  1. 研ぎ・・・ 7種類の砥石(荒砥(あらと)~内曇(うちぐもり))を目の粗いものから細かいものへと替えながら研ぎます。
  2. 刃艶(はづや)・・・砥石の目をさらにきれいにしていきます。
  3. 地艶(じづや)・・・肌をおこしていきます。
  4. 拭い(ぬぐい)・・・肌をつぶさずに、地金を黒くしていきます。
  5. 刃取り・・・基本的には刃文にそって研磨しますが、研師のセンスで刃取りをしていきます。研師のセンスの出るところです。

刀をみると心が落ち着く

-たくさんの繊細な工程を踏んで、切れ味のよくかつ美しい刀に仕上げられて行くんですね。 現代においては刀とはどんな存在になってきているのでしょうか?

刀は美術品ですね。

拵え(こしらえ)だけを集めて楽しむ人もいるし、縁頭(ふちがしら)だけとか、目貫(めぬき)だけ集めているひともいるし、場所をとらないし、そんなに高くないからね。

ちなみに、目貫通り(めぬきどおり)や、切羽詰まる(せっぱつまる)など刀から派生したことばはたくさんあるんですよ。

刀の鐔がたつかないように薄い切羽をもう一枚あてて押さえる、そこから切羽詰まるという言葉がうまれてます。

刀剣研磨師 居合 大津憲養

拵え

刀剣研磨師 居合 大津憲養

縁頭

刀剣研磨師 居合 大津憲養

刀剣研磨師 居合 大津憲養目貫

【補足】

ちなみに目貫通りは、目貫が柄の真ん中の一番目立つあたりにある金具で、このことから一番にぎやかな通りのことを意味するといわれています。面白いですね(^^)

刀剣研磨師 居合 大津憲養 

-刀は時代によって呼び名がかわったとか?

年代によって、古刀と現代刀があるのです(※慶長以降が現代刀)。居合で使っているのは現代刀といいます。

室町後期から江戸時代に太刀から刀にかわりました。

鎧をつけて腰から下げた太刀は、下に刃をむけ身に着けます。馬上戦が多かった時代には反りが強いものを使っていました。片手でなで斬りするから反りが強い方が斬りやすいんですね。上に刃がむくのが刀(打ち刀)です。

現代刀匠は、鎌倉時代が一番名刀が出たといっていて、鎌倉時代の刀を追い求め、研究をしています。

刀はもともと突くために作ったんですね。時代に応じて反りがつくようになって。

蒙古が襲撃した時に日本刀はみんな折れてやられました。昔の刀も鍛えてあったけど、向こうの刀は青龍刀(せいりゅうとう)いう大きな刀で、日本刀のようなこんな細い刀じゃぽきんぽきん折れたわけです。これじゃだめだってことで、“折れず曲がらずよく切れる”という刀を作ったわけです。

それで昔、丈夫なやつで、九州の同田貫(どうたぬき)という豪壮な刀もできました。

 

-一番印象に残っている刀はありますか?

印象に残っている刀。。。結構あるけど。やっぱり鎌倉か、南北朝時代の長谷部国信(はせべくにのぶ)とか古刀で綾小路定利(あやのこうじさだとし)とかね。(※いずれも鎌倉時代の刀工)

現代刀だと大野さん(大野義光氏)の刀ね。いま、それこそ日本一の刀匠ですね。

 

-日本刀の魅力とは?

刀はね、、、日本人は、刀をみるとね「心がやっぱり落ち着きますよ」。

あーいいなぁっていう感じでね。

 

-心が落ち着くというのは印象的ですね。

やっぱり、「日本人のこころ」ですよね、刀は。ずーっと伝わってきたわけでしょう?今の子はどう思うかわからないけれど、わたしたちの年代くらいだとね。若い時から研ぎをやり始めたときでも、いい刀をみていると「いいなぁー」と思ってね、あきないしね。

 

-(ここで刀を目の前で抜かれ・・・)やっぱりちょっと怖いですね。ぞくっとします()

ピストルを向けられるように、刀の先端をつきつけられるとやっぱり背筋がぞくぞくっとしますよね。

 

―(刀を)持ってみてもいいですか?重いのですか?

どうぞ。

 

-あ、重いですねー。

これなんて軽い方ですよ。古刀はもっと重いよね。良く扱っていたもんだよね。

現代刀は自分にあわせたサイズで作るからね。古刀は刀に自分を合わせないといけない。

刀剣研磨師 居合 大津憲養

心を真っ白にしてひとりの師匠を最後まで大事にする

-最後に先生のこれからの夢と居合道の魅力についてあらためてお聞かせください。

私の夢は、お弟子さんに正しく、まぁ、世代交代があるかもしれないが、正しく教えていくことです。それが武道の世界です。間違ったことを教えず、私が教えた事を“守って”、それをまた後輩に、またその後輩に“教えて”いく。頑固なようですけれども“ぶれない”ということですね。

達成というところがないんです、居合道には。

 

刀剣研磨師 居合 大津憲養

これは土佐直伝英信流の先生から書いてもらった額なんですが「百錬〇(まる)」(ひゃくれん)とかいてあります。

百錬に〇。〇が閉じてないんです、つながっていない。完成していない。〇になったら終わりだと。この先生もとても苦労をされた方ですが、97歳当時にそれを書いてくれました。それでも完成できないわけです。

要するに終わりはないんですね。

私が習い始めたころも、今も新しい言葉は出てこない。繰り返しです。同じ言葉を何千回、何万回聞いたかわからないけれど、それしかない。出てくる言葉は。

どこまで近づけられるかということが、大切なこと。それを目標にして、まだまだ、まだまだという気持ちでやっていく。私は死ぬまで達成できたのかってわからないで死んでいくのだと思います。

守破離(しゅはり)ということばがあります。「守」は師匠の教えを忠実に守り身につける、「破」は、他の師の教えについても良いものを取り入れ、心技を発展させる段階、「離」は、独自の新しいものを生み出し確立するという段階があるということです。

しかし、私は“守”をモットーにやっています。

“師匠はひとりでいい、心を真っ白にして師匠を最後まで大事にする”という気持ちで続けています。

 

 


玲瓏の心

玲瓏(レイロウ)とは、蒼く冴え渡り、澄み切った心で美しく輝くさまの意。

「剣居一体」で敵に対し、居合わせて抜刀し、勝つ。

武士道の「礼」を重んじ、「残心」し、納刀する。

一連の「心技体」の居合の「道」は、「禅」の境地の呼吸と同じく、確実で「薫陶の如」し、「玲瓏の心」でありたい。

(新潟剣道連盟居合道部会新潟支部 大津憲養)


取材を終えて・・・

非常に奥深い伝統と歴史を前にここだけではほんのさわりしかお伝えできないのですが、脈々とつながってきた伝統の裏には丁寧に真摯にその技をつないでいる大津先生の心が根ざしていることを実感しました。達成することのためにではなく、改めて、ひたすら今を毎日積み重ねることの大切さを心掛けて過ごしていこうと思います。大津先生、ありがとうございました。

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